【第二十九話:軟石の建物C】


★北海道大学第二農場
 (札幌市北区北18条西8丁目)

 この農場は明治4年(1871)に開拓使顧問として来道したホーレス・ケプロンの助手の一人であったクラーク博士が、アメリカの母校であるマサチューセッツ農科大学を手本に、明治13年(1880)頃に開拓したもので、明治42年(1909)から約10年の歳月をかけてこの地に移設したものです。農場にある施設は、当時の酪農を知るのに貴重な建物が多く、農場内の9つの施設は昭和44年(1969)に重要文化財の指定がされました。

−軟石造りの釜場−
 その中の一つに、札幌軟石で建てられた「釜場」があります。明治43年(1910)に飼料を煮込む作業を行うために建てられたもので、カマドに通じる煙突も軟石で造られています。
一見してどういうこともない小規模な建物のようですが、周りの風景に溶け込んで、規模の割にはしっかりとした趣のある建物です。

飼料加工釜場

−サイロ−
 同じく農場敷地内にあるサイロは、大正元年(1912)に飼料貯蔵し発酵させて農耕飼料を作る施設として建てられました。
軟石で造られた現存するサイロとしては最も古く、基礎の部分にはツルで斜めに模様が付けられて、軒下までの軟石は平滑な面となっています。丸く加工するには、直方体の軟石を原寸に書かれた加工定規に沿って削らなければならず、当時の石工の技術を垣間見ることができます。屋根に設けられた明かり採りが円筒状で単調になりがちな立面形状をカバーしています。
軟石造りのサイロは、冬は暖かく夏は適度な湿気が保たれるため、発酵には適した材料としてよく利用されていましたが、現在はコンクリートブロックや鋼製に変わってしまいました。

軟石造りのサイロ
 


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